sfcgo’s diary

読書したら感想を投稿しようと思います。

【読書レビュー】『全ての教育は「洗脳」である』を子育てサラリーマンが読んでみた

初投稿です。

 

読書は通勤時間を活用していますが、読んだ傍から忘れてしまうので、こうしてブログに書き留めておくことにしました。

 

【タイトル】

『全ての教育は「洗脳」である』

 

【出版社】

 光文社

 

  【著者】 

ホリエモンこと堀江貴文氏。東京大学在学中に、ライブドアを設立。2006年に証券取引法違犯で逮捕され後に実刑が確定。実業家でもあり、最近ではロケット開発を手がけおり、メディアでは言いにくいことでも躊躇なく語る著者は、何かと話題につきない人です。

 

 

 多くの方は、学校へ通うことは当たり前だと思っているでしょうし、私もその一人。子供たちはまだ幼稚園に通っているのでまだそのような質問はこないと思いますが,いずれそのような疑問をもつ日がくるかもしれませんのでしっかり答えれるようにしてあげたいですね。

 私はごく普通のサラリーマンです。一方、ホリエモンのようにいろんなことにチャレンジできる人はそうはいないでしょう。そんな著者は学校についてどのように考えているのか興味がありました。

 

【主な内容】

 昔、国が学校を設立したその目的は、国、会社に従順な労働者を育成することでした。言ってしまえば、上からの理不尽には耐え、情報処理能力の高い人材が欲しいのです。昔は工場の生産能力(どれだけ物を生産できるか)が国力に直結していたので、優秀な工場労働者の育成が国の課題でもありました。

 また、戦争があった時代ですから、国が国民に求めたのは、①兵士として戦うこと②出産すること③納税することの3つです。ですから「私は国の言うことなんて知らない」といった価値観を持たれると困るわけです。

 ただ、学校がなかった時代は、庶民はそもそも「国」という概念をあまり意識していなかったようです。ですから国に従順であることは素晴らしいという価値観を、学校という場で学ばせる必要があったのです。表現の仕方は良くないけど、国が学校を通じて人格の「規格」を決めてしまうのです。

 21世紀になっても、国や会社に従順であることが良いとされる価値観は、戦前と比べてそんなに変わっていません。昔はそれでも今よりはまだ良かったのです。人が幸せに生きるには、国の出先機関である学校で優秀な成績を収め、大企業に就職すれば、将来が約束される確率が高かったからです。

 ただ、優秀な学校から大企業に就職するというモデルはだんだんと立ち行かなくなり、今では生き方や幸せを自分自身で考えなければなりません。、学校へ行っても将来、幸せになるために、役にたったものは少なかった筈です。そんな国の出先である学校について、著者は不要と言い切っています。

 学び自体は必要です。学びとは自分が没頭できるものです。学校のように誰かに押し付けられてやるものではなく、自身が能動的やるものに価値があります。子どもが身近にいる方は感覚的に良く分かると思いますが、子どもが何かに没頭している時は、ものすごいスピードで成長しています。

 将来役に立つかという視点で言えば、学校から押し付けられる勉強よりも、自分が没頭して無我夢中で取り組んだものの方が役に立ちます。学びたいと思えば、学校へ行かずともインターネットを活用すれば大抵のことは学べる時代です。

 没頭するコツは、他人で決めたルールでなく、自分で決めたルールで行うこと、将来から逆算せず、目の前のことにひたすらのめり込むことです。例えば、子供がサッカー選手になりたいと言い出すと、親としては選手になれる確率は低いからやめときなさいと言いたくなります。しかし、サッカー選手になれなくても、サッカー好きがきっかけで別のスキルが身につくかも知れません。学校は、「サッカー選手になるのでなく、勉強しなさい」という理屈を平然と押し付けてきます。

 将来のために学校へ行くことと、併せて否定しているのが「貯金」です。将来のために貯金という発想は特に日本人はその傾向が強いです。ただ、貯金は、「100円」は「100円」の価値しかありません。その「100円」は貯金ではなく、100円を100以上の価値に繋がるような投資に使うべきです。

 将来のために「貯金」、「学校へ通う」というのは、今を犠牲にしています。将来は誰にも分からないので、今自分がやりたいことを勉強して、投資するほうが自分の価値があがります。

 また、ヤフーのような一部の企業を除いて、多くの企業では、今でも経営層、管理職によるトップダウン型のマネジメントを行なっています。これは国の出先機関である学校と相性が良く、会社にとって簡単なのです。生徒にとって学校、教師の言うことが正しいのと同じく、上司、会社のいうことが正しいのです。

 ですが、本来会社とは、仕事で評価されるべきです。依然としてどれだけ組織に従順かで評価される企業が多くあります。著者は会社を辞めたいと相談を受けることがありますが、答えは「辞めても大丈夫」です。それは、インターネットの普及により、会社を通さずともお客様と取引が可能となったからです。

 多く人は子供の頃は学校へ通い、大人になれば定年退職するまで会社へ勤めますが、この生き方は立ち行かなくなってきました。この生き方は産業革命期の工場労働者のスタイルがベースとなっています。

 1つ目は、工場で必要な熟練した技術は、機械に代替されつつあり、この流れはどんどん加速していきます。2つ目は、単純に寿命が伸びたことにより、定年退職後の人生を年金や退職金で賄うのは厳しくなってきました。

 今後は、会社という組織から抜け出し、「遊び」つくし、それを「仕事」に繋げていくことが大事であり、「仕事」と「遊び」を分けて考えることはナンセンスなのです。

 学校、会社から抜け出し、自分の大好きなことに没頭する一歩を踏み出し、多くの方に本当に学びを体感して欲しいと思います。

 

【感想】

 「全ての教育は洗脳である」という刺激的なタイトルでしたが、著者が1番伝えたかったことは、好きなことに没頭し、そうすればそれ自体が学びであり、学校の勉強よりもよっぽど役に立つというものです。

 著者は自身の体験においても、自分がやりたいことをビジネスに繋げた事例をたくさん示しています。

 ただ、個人的にはビジネスとなると、お客様に満足してもらうという視点が必ず必要ですので、そのあたり、もっと論じてほしかったですね。

 さて、私の子供の例でいきますと、クリスマスプレゼントでもらった地球儀をとても気に入り、3歳の子が2ヶ月足らずで都道府県をほぼ全て覚え、国の位置と国旗と大人と変わりないレベルまでになりました。「没頭」の凄さを目の当たりにした瞬間でもありました。

 さて、著者が主張している「学校・会社」を辞めることについては、正直難しいですね。学校で良い成績をおさめ、企業に就職するというのは、未だこの国のメインストリームに違いありません。

 だた、10年後、20年後は正直どうなっているかは分からないと思います。特に、AI・ロボットの発達は必ず雇用を奪い、新たな雇用を生み出していると思います。

 私は30代ですが、私の価値感・生き方が子ども達の時代には通用しない気がします。もしかしたら、著者が言うように、学び=遊びを多くの方が享受する時代になっているかもしれません。本書がその手助けになってくれる日がやってくるかもしれませんね。